青 に 溺 れ る



ここから見える景色が、とても好きだった。すっかり見慣れた平凡な町並みも、カタカタと揺れるこのあたしの特等席から見るだけで、世界は生き生きと呼吸を始め、鮮やかに輝き始めるのだ。少し古びた自転車は音を立てながら、風の中を駆け抜け、私と元希を運んでいく。前方の視界を全て塞いでしまう元希の大きな背中に軽くしがみ付いて、あ、また筋肉ついたなぁなんて、私はそんなことを思ってみたりする。


「ねえ元希ー」
「あー?」
「昨日放課後どうしたの?」
「…何で?」
「だって、一緒に帰れる日なのに、教室いなかったから」

「……別に、何でもねえよ。ちょっとヤボ用」
「そっか。もう、そういう時はちゃんと言ってよー、一人で探し回っちゃったじゃん」
「ハハッわりーわりー」


元希は苦笑いをして、自転車を漕ぐ速度を少し速める。あ。また、遠くなった。こんなに近くにいるのに、毎日、毎日、遠くなる。私は元希のシャツをギュッと強く握り締めた。遠くに行ってしまうなら、もっともっと近づいてやる。離れていってしまっても、ずっとずっと追いかけてやる。ああ、私はいつからこんな鬱陶しい女になっちゃったんだ。


「元希、アイス食べたい」
「またかよ。この前も駄菓子屋寄っただろ」
「元希、河川敷の方通って帰ろ」
「すっげえ遠回りじゃん」
「元希、元希、元希」
「何、さっきからどうしたんだよ」
「あたしの大切な居場所を、あたしの大切な時間を、消さないでね」


あたしより大切な女の子を、作らないでね。

最後の言葉は言えなかった。結局あたしは怖いのだ。
そのくせ独占欲はバカみたいに強くて、自分勝手なことばかり考えて。なんか、醜いなぁ。


わかってるんだ。近いうちにあたしの大切な居場所は、他の誰かのものになる。あたしの大切な時間は、何てことないただの帰り道に変わる。あたしより大切な女の子は、もうとっくに出来ている。大丈夫だよ。ちゃんとわかってるよ。そりゃあそんなの死ぬほど嫌だけど、その時が訪れたらちゃんとお祝いするから、ちゃんと全部認めるから、だからせめてそれまでは、あたしがここに居てあなたがそこに居る“今”があるうちは、アイスが溶けてなくなるまでは、果てしない河川敷の遊歩道が終わるまでは、この心地良い場所で、この鮮やかな景色を私に見させてください。そばに、いさせてください。


元希の背中にぎゅうっと抱きついて、元希のシャツに顔を押し付ける。
あなたの匂いと、汗の匂いと、私の知らない甘い匂いがした。涙がにじんだ。



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