それは、汚いのに綺麗だった。ぐちゃぐちゃなのにキラキラしていた。

ひたすらに並ぶ油性マジックで書かれた愚劣な嫌味の羅列。そこはまるで大波に飲み込まれたみたいに水浸しで、水滴がぽたりぽたりと床に落ちる。言葉にならない醜さだった。だけど窓から差し込む明るい太陽の光に水たちはキラキラと瞬き、カラフルなマジックが色鮮やかで、奇妙な美しさを放っていて、その異様な光景に、私はもう笑うしかなかった。

明日提出の大切な課題を机の中に置き忘れて、部活のあと、教室に戻ってきた私がそこで見たものは、
――教室の隅っこに追いやられた、憐れな私の机だった。


もともと人と付き合うのは得意ではなかった。女子特有のグループ行動が何よりも苦手で、だけど一匹狼になるような勇気もなくて、今まで愛想笑いをしながらクラスで一番大きなグループの後ろをついていっていた。そこで一番盛り上がる話題はやっぱり誰かの悪口で、陰湿な嫌がらせをする場面も目の当たりにしてきた。彼女たちはこういうことになると妙に結束力がある。全部知っていた。誰よりもわかっているつもりだった。なのに。やっぱり私は馬鹿だ。嫌われないように、もっと細心の注意を払うべきだった。もっと気を使うべきだったのに。


私はゆっくりとそれに近づいて椅子を引く。滴り落ちる雫が手に触れて、その生ぬるい温度と気持ち悪い感触に鳥肌が立った。机の中から顔を覗かせる、うねり破れた明日提出の大切な課題。もういらない。
もう、何もいらない。


怖かった。どんなに強がろうと思っても、やっぱりつらかった。だけど泣いてすがる相手も、甘やかしてくれる胸も、頑張ろうと思えるような優しい言葉も、私は何ひとつ持っていないのだ。これから一人で立ち向かっていかなければならないのかと思うと寒気が走って、目頭が熱くなった。泣かない。泣かない。絶対泣くもんか。あんな子たちに負けるもんか。ごしっと瞼に腕を押し付けて、こみ上げる涙を目の奥に閉じ込めた。

どうしてみんなもっと楽な生き方が出来ないんだろう。一人じゃ何も出来ないくせに、みんなで群がって、強いフリをして…ああ、そうだ、今ならあの人の言うことがわかる。とても苦手な人。だけど、今なら、何だか上手く付き合っていけるような気がする。クラスメイトで、風紀委員長をやっていて、学校中から恐れられていて、群れるという行為を人一倍嫌う、


「無様だね」


びくっと体が震えて反応した。私の真後ろから聞こえた声は、今頭に思い浮かべたその人のものだった。
ゆっくりと振り返ると彼は確かにそこにいて、笑いながら私の方へと歩み寄る。雲雀、恭弥――


「随分とひどいことをされているね」
「わ…わざわざ…笑いに来たの…?」
「まあそんなとこだけど」
「なんで…」
「こんなんじゃ全然足りないよ。君なんかもっともっと、傷つけられたらいいんだ」


そばにある机を、そして私をじっと見て、彼はそう言った。前言撤回、だ。上手く付き合っていけるかもしれないなんてそんなわけがない。やっぱり苦手だ。今までだって、何かとよく絡まれると思ったら、こうやってひどいことを笑顔で言って去っていくんだ。足がガクガクと震える。怖い。だけど、またこっちへと一歩一歩近づいてくる雲雀恭弥から目を逸らせなかった。…あまりにも彼の目が真剣で、視線を外すことができなかった。


「そしたら僕がめいっぱい甘やかしてあげるから。
僕がいなきゃ立てなくなる位、声が出なくなる位、涙が出る位、呼吸さえもままならない位、
沢山、たくさん、優しくしてあげるから。可愛がってあげるから。愛してあげるから。

…君なんか、僕なしじゃ生きられない人間になればいいんだ。」




残された光の残骸
震えが止まった。その瞬間、わずかな光が見えた気がした。



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