11月29日午後11時58分。私は人生最大のピンチに立ち会っていた。

その日私は一日中携帯とにらめっこをしていた。理由はひとつ。今日誕生日を迎える泉くんに、「おめでとう」と伝えるため。好きな人が生まれた大切な日なのだ、やっぱりお祝いしたいと思うのが乙女の心理であって、でも今日はちょうど土曜日で学校もないから、泉くんに会って直接言うことは不可能だった。だからせめてメールだけでも、と思ってスタンバイしていたのが昨日の夜。だけど私の親指はなかなか勇気を出せないままで、送ろうか送らないでいようか、うんうん悩んでいるうちに時間だけが過ぎていき、気付けばあと数分で今日という日が幕を閉じようとしていた。

もう悩んでいる暇なんてなかった。このままだと絶対後悔する。そう思って私はさっきまた作った(昨日からもう五回は作り直してる気がする)メールを見直しながら、やっぱりこの文章おかしいかなとか、ここの絵文字はこっちの方がいいかとか、そんな細かいことをまた気にして、大して変わりもしないのにちょこちょこ修正を加えたりしていた。こんな余計なことするべきじゃなかったのだ。本当に最後まで私はバカだった。でもまさか、焦って震えた指が、切ボタンを連打してしまう、なんて。今日一日の集大成だったメールは、ほんの一瞬で跡形もなく消えてしまった。

これこそまさに、人生最大のピンチ。


どうしよう、急がないと、もう時間ないのに!半泣き状態で慌ててもう一度電話帳開ける。焦れば焦るほど、上手くボタンが押せない。余計に指が震えだす。落ち着かなきゃ、でも早くしなきゃ、急がなきゃ。ようやくボタンを押して携帯のディスプレイに映ったのは、メールの作成画面ではなく、電話の呼び出し画面。


『もしもし??』


ちょうど携帯を触っていたのだろうか、泉くんが電話に出るまで、五秒もかからなかった。


「も…っしもし!」


慌てて携帯を耳に当てる。泉くんの声、だ。ドキドキするのに、なぜか妙に落ち着くから、不思議。


『どしたの、が電話してくるなんて珍しいよな。』
「あ、うん、その、あのね」
『ん?』
「泉くん、お誕生日おめでとう!…って、言いたいなって思って」


言葉がデクレシェンドになる。言えた。ちゃんと言えた。けど、泉くんがなかなか何も言わないから、やっぱり変な奴とか気持ち悪いとかそういう風に思われたのかと不安になって、私はじっと耳を澄ます。すると突然、大きな笑い声が聞こえた。


『お前、あと残り何分だと思ってんだよ。』
「いや!違うの!本来ならこういう予定じゃなくて、なんか、色々間違えちゃって…」
『あ、今日付変わった。あと1分遅かったらアウトだったなー。』
「えっうそ!うわぁすっごいギリギリセーフ…よかった…」
『アハハハハッ』


耳元がくすぐったかった。あなたの笑い声に、胸の奥がきゅんとした。電話の向こう側で、どんな顔をしているんだろう。私の大好きなあの笑顔かな。想像してみたら、ふいに顔がにやけた。さっきまであんなに憎んでいた私の震える指が、今は抱きしめてキスでもしてあげたいくらいに愛しい。ありがとうありがとうありがとう。メールじゃこんな幸せは絶対味わえなかった。


「ごめんねいきなり電話しちゃって…しかもすごくギリギリで…」
『いいよ。…むしろ感謝したいぐらい。』
「え?」


『…好きな人に祝われて誕生日が終わるなんて、最高の締めくくりじゃん。』




Prolonging the Magic



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