同窓会のお知らせが私のもとに届いたのは、一ヵ月ほど前のことだ。中学三年の時のクラスのメンバーで飲みに行こうと旧友からメールがあった。中学三年。当時のことを思い出したとき、もうずっと眠っていた淡い想いが、静かにゆっくりと目を覚まして、きゅんと、懐かしいときめきが、私の胸をくすぐったのがわかった。 ――あの頃の私の頭のなかを、独占していた人。 卒業してそれっきりになってしまったけれど、今、どうしてるんだろう。…また、会いたいな。私は顔をほころばせて、返信メールに出席の旨を綴った。




そうして、ドキドキしながら迎えた同窓会当日。久しぶりに会う友人たちに挨拶をしながらも、私はきょろきょろと視線を動かす。(…あ。)すぐに彼の姿を見つけられる癖は、まだ健在だった。


(…泉くん、だ)


久しぶりに見た泉くんは、あどけない顔立ちや、大きなまあるい瞳はあの頃のままだったけれど、背が伸びて、少し、男っぽくなった感じがした。(なに、ドキドキしてるんだろう)変わらない部分にも、変わった部分にも胸を高鳴らせている自分がいて、それが恥ずかしくて、私は気持ちを落ち着かせようと手元の水を流し込む。


泉くんと私は、テーブルの端と端という、一番遠い場所に座っていた。近くにいたらそれはそれで落ち着かないような気もするけれど、…それでも隣に、少しでも近くになれていたら、なんて思ってしまって、また恥ずかしくなる。泉くんにちらりと視線を送って、その周りで楽しそうに笑っている女の子の姿を見ると、羨ましくて、気持ちが沈んでしまう。何でこんなに意識してるんだろう。あの頃に戻ってしまったみたいに、とにかく泉くんのことが、気になってしかたない。


〜」


ふいに名前を呼ばれてそちらに顔を向けると、酔っているのか頬を少し赤く染めて、ニヤニヤと笑っている男の子の姿があった。あまり仲良くなかったから記憶があやふやだけど、確か名前は田中くん、だったと思う。


「こうやって喋るの初めてじゃね〜?」
「あー、うん、そうだね。」
さあ〜すっげー可愛くなったよなあ〜」
「あはは、褒めても何にも出ないよ?」
「いや実はさ、俺中学ん時からずーっと思ってたんだよね」
「ちょっと、田中くん酔ってる?飲みすぎちゃだめだよ」
「マジで言ってるんだって」


そう言って彼は、私の肩に手を回した。とても近い位置に顔があって、吐いた息からはきついお酒の匂いがする。どうしよう、怖い。だけどそんなことはっきりと言うこともできなくて、私は曖昧に笑みを浮かべる。逃げることもできないし、あたりを見回してみても、みんなおしゃべりに夢中で私のほうなんか誰も見ていない。そうこう考えているうちにも彼はどんどんからだを寄せてきて、肩を撫でまわしてきて、いよいよ私の我慢は限界に達していた。どうしよう。どうしよう。どうしよう―。


その瞬間、ぐるりと、私の目に映る世界が一転した。

何が起こったのかわからなかった。ただ強い、だけど優しい手が、私のからだを包んでいて、視界は遠くにいたはずの泉くんで埋まっていて。「わりィ、俺ら抜けるから」とそう言うと、まるでドラマのワンシーンみたいに、泉くんは私の手をとって、お店を飛びだした。







にぎやかな通りを抜けると、とたんに耳に響く、無音。触れ合った指先からは、じわりじわりと熱が生まれる。その熱は、あっという間に私の中を駆け巡り、私を支配してしまう。頭が、くらくらした。だいぶん暖かくなってきたとはいえ、陽が沈んでしまうとまだ肌寒い。けれど今の火照ったからだを冷ますのには、全然足りない。


「あの、泉くん、どうもありがとう…」


緊張して掠れてしまった声で、私はそう言う。すると、ずっと前を向いていた泉くんが、こちらに顔を向けた。


「なあ、
「うん…?」
「俺が何で今日の同窓会に来たか、わかる?」
「え?」
「俺が何であいつからを奪って今こうしてるか、わかる?」


泉くんが、今まで見たこともないくらい真剣な顔をするから、私は固まってしまった。ただ、心臓だけが、ずっと激しく動き続けてる。ねえ、そんな言い方されたら、私、自分に都合のいいことばっかり考えちゃうよ。調子に乗っちゃうよ。うぬぼれちゃうよ。ねえ、いいの?


「…迷惑だったら、言って。」


そしてまた、静寂が訪れる。迷惑なんかじゃない。むしろ私はその先を、強く望んでしまっている。そんなことないよ、って、そう伝えたいのに、声がうまく出てくれないから、だから、とてもゆるい力で、遠慮がちに私の指先を包んでいた彼の手を、ぎゅっと、握った。今の私に出せる全てのちからを、その一点に注いだ。恥ずかしくて照れくさくて、顔を上げられなかったけれど、泉くんが何も言わないから、こわくなって私は恐る恐る彼のほうを見上げてみる。…月明かりに縁取られた、とてもやわらかな微笑みが、私を照らしていた。






淡 く と ろ け る .
( 繋がれた手から伝わるのは、ただ、会いたかったという、強い想い )


inserted by FC2 system