(あつー…)


焼け付くような太陽が、じりじりとわたしの肌を刺激する。八月も下旬にさしかかり、楽しい夏休みもいよいよ終盤。今日は登校日だった。まだまだ夏休み気分だというのに、一日だけ学校という日常に引き戻されることに、もちろん煩わしく思う部分もあったけれど、三年になって遊んでばかりもいられず、友達に会うこともほとんどない夏休みだったから、久しぶりにみんなの顔を見られるのは、やっぱりうれしい。

今日は学校終わりに友達と一緒に勉強することになっていた。でも、ちゃんは今日までの宿題をひとつ出し忘れてしまったらしく、先生を探しに行った彼女を、こうして待っていることになったのだけれど。


ちゃん、まだかなあ。)


じわりと汗が浮かぶ首元を、持っていたハンドタオルでそっと抑える。校門で待ってるって言ったのは失敗だったかも。最近外で過ごす時間ってほとんどなかったから、暑さ、完全になめてた。わたしの体力はどんどん奪われていって、なんだかすこしくらくらする。


さん」


ぼーっとするわたしのあたまを呼び起こす、優しい、落ち着いた声。
「佐伯くん。」振り返った先にはクラスメイトの姿があった。


「何してるの、こんなところで。」
「えと、友達を待ってて。」
「暑いのに。熱中症になっちゃうよ。」
「んー、でも、ここにいるねって言っちゃったし、動けなくって。」


佐伯くんとは同じクラスだけど、特別仲がよかったり、よく喋ったりする間柄ではなかった。もちろん会話をしたことくらいは何度かあったけど、こうしてふたりで話すのは初めてで、なんだかちょっと緊張する。


「佐伯くんはどうしたの。そうだ、部活は?」
「今日はミーティングだけだったんだ。で、俺も、ちょっと人を待っててね。」
「ここで?佐伯くん、熱中症になっちゃうよ?」
「ははっ、本当だね。」


そういって笑った佐伯くんのかおは、頭上に広がる青空みたいに爽やかで、照りつける太陽みたいに眩しかった。やっぱり佐伯くんって、かっこいいよなあ。でも気取っているとかでもなくて、こうやってわたしなんかにも気さくに話しかけてくれて、人気あるの、すごくわかるなぁ。
「せっかくだから、いっしょにお話でもしようか。」佐伯くんはわたしの隣にならんだ。


さんは、夏休みどんなふうに過ごしてた?」
「んー…一応受験生だし、ほとんど家にいた、かなあ。」
「勉強頑張ってたんだ?偉いね。」
「や、全然だよ!なんかついだらだらしちゃって…」
「はははっ」
「だから部活がんばってた佐伯くんのほうがずっと偉いよ。全国だもんね。」
「知っててくれたんだ。」
「うん、もちろん。すごいもん。」
「ふふっありがとう。さんにそう言ってもらえるなんてうれしいな。」


深い意味はないんだろうけど、そんな言い方をされるとすこし照れくさい。佐伯くんが本当に嬉しそうな顔をするから、余計に。無防備でとても無邪気な笑顔。こんな顔も、するんだ。


「どこかに遠出とかはしなかったの?」
「うん、してない。でもやっぱりなんか夏の思い出みたいなの、作っとけばよかったなあ。」
「今から作ればいいんじゃない?夏休み、まだ残ってるんだから。」
「ああ、たしかに。それもそうだね。」
「…俺と、作る?夏の思い出。」


少し低くなった声が、まっすぐな瞳が、今までとは違う、どこか真剣みを帯びた微笑みが、わたしに向けられて、どきっとした。それはどういう意味なのか、なんて返したらいいのか、なんにもわからなくて、呆然としてしまったわたしを見た佐伯くんは、くすっとわらう。


「それじゃあ俺はもう行くね。」
「えっ、あれ、でも佐伯くんもだれか待ってたんじゃ…」
「人を待ってるって言ったのは、うそだよ」


「…君の姿が見えたから、チャンスかなと思って近づいただけ。」


佐伯くんの影が近づく。耳元でそう囁いて、わたしに何も言わせずに、手を振りながら彼は去っていった。わたしは相変わらず何にも考えられないままで、呆然と彼の背中を見送って、そのときようやく、もうほんの数メートル先までちゃんがこっちへ駆けてきていたことに気が付いた。…あつい。これまで感じていたのとは違う、内側からじわじわとこみ上げてくるような熱が、わたしを侵していく。なんだかすごく、くらくらする。



やってきたちゃんに「顔赤いよ?熱中症?」と聞かれた。
たぶんもっと深刻で、ずっとやっかいなものに、かけられてしまった。




inserted by FC2 system