少し冷たくなった風が、ふわりと金木犀の香りを運んでくる。
それはぼくらにとって小さな宴のはじまりの合図。


「乾杯!」


グラスのなかでシャンパンが揺れる。今日成人を迎えた俺へ、がくれた今年の誕生日プレゼントだった。今日成人を迎えた、といっても、大学の付き合いで飲酒をすることなんてもちろんあったわけだが、やはりそこそこ値の張るシャンパンらしい。それは普段居酒屋で飲んでいるものとは違う、深い、大人の味がした。

と誕生日を祝うようになったのはいつからだろう。年に二回、お互いの誕生日の夜は、徒歩三分の君の家の縁側に腰かけてふたりで過ごすのが、いつの間にか恒例になっていた。特に何をするでもなく、特別なことといったら誕生日プレゼントと商店街のケーキ屋さんで買うホールのショートケーキくらいなのだけれど、それでも俺にとってはどんな華やかなパーティよりも幸せで大切な、誕生日の過ごし方だった。


「ほら、、生クリームついてる」
「えっうそっどこ!」
「そんなに慌てなくてもすぐになくなったりしないだろ」
「だっておいしいから、つい」


と会うのは久しぶりだった。学校という存在はやはり大きくて、別々の大学に進んでからは、こんなに近所に住んでいたって会うことはほとんどなくなった。十年以上毎日顔を合わせ、色んな思い出を共有してきたというのに、ただそれだけのことがここまでふたりの関係に大きく響いてしまうなんて、人の繋がりというものは本当に脆くて、切ない。

も同じように感じているのか、ここ最近会うといつも、彼女の口から出るのは昔話ばかりだった。中学や高校の頃の思い出を掘り返しては笑って、そしてふっと、寂しそうな顔をする。


「このあいだね、メールアドレスを変えたの。」
「ああ。アドレス変更のメール、送ってきてたもんな。」
「そう、そのメール、届かなかった人が、結構いっぱいいたんだ」

「そんなの当たり前のことなのに、寂しくなっちゃって。こうやってどんどん色んなものが変わっていくんだなって、なんか、大人になるの、怖いなって」


誕生日プレゼントが、駄菓子の詰め合わせからお酒に変わるくらいには、僕たちは大人になった。別々の道を進んで、それぞれの生活があって、そのリズムは確実にずれていく。
だから彼女はすがっていたいのだ。縁側から見るこの景色に、庭に咲く金木犀の甘い香りに、二人の間に置かれた商店街のケーキの味に、隣にいる、俺の姿に。


「ねえ、サエは、変わらないでいてね。
 いくつになってもこうやって、いっしょに誕生日、お祝いしようね。」


――もし、俺はそうは思っていないのだと、俺の願いと君の願いはもうずっと異なっているのだと告げたら、君は戸惑ってしまうだろうか。アルコールで火照ったその頬に触れたいといったら、君を、困らせてしまうのだろうか。


が望むんなら、一生変わらないよ」


だけど俺は何も変えることなんてできないまま、きっと来年もまた、こうして彼女といっしょに年を重ねるんだろう。

ねえ、いくつになったら、君は俺を好きになってくれるの。


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