凍りそうな寒さだった。冷たい風に触れた手はじんじんと痛み、吐き出される白い息は僕の視界を曇らせる。慌てて家を飛び出してきたからとはいえ、マフラーも手袋もなく、ただ薄い黒のジャンパーを羽織っただけじゃ、この寒さには太刀打ちできそうもない。 『 がいないの。 』 そうおばさんに聞かされ、その姿を探しに外の世界へ繰り出して約五分。彼女のいるであろう場所はもうわかっていた。それは彼女がわかりやすいからなのか、僕が彼女のことをよくわかっているからなのか。きっと答えは両方だ。の単純でまっすぐなところを、僕は誰よりも知っている。 ほらね、見つけた。 「」 は我侭で甘ったれで泣き虫でいつも迷惑をかけてばかりで、僕なしじゃ何も出来ない、僕の幼なじみ。 「……翼…?なんで…」 「の考えてることが僕にわからないとでも思った?」 彼女は近所の公園のブランコに揺られ、ぼーっと空を仰いでいた。何か嫌なことやがあった時、彼女がこの公園を訪れるのは小さい頃からお約束のことで、そしてまた僕がこうして迎えに来るのも、お約束のことだった。でもこれも今日までなのだ。明日、僕はこの町を去る。どんな悲しみや苦しみが彼女を襲っても、彼女が公園で一人ぼっちで泣いていたとしても、五分足らずで彼女を迎えに来ることは、僕にはもう、出来なくなる。 「おばさん心配してるよ」 「うん」 「こんなとこずっといたら風邪ひくだろ」 「…うん、うん、ごめんね。でも、もうちょっとだけ」 キィ、と、止まっていた彼女のブランコが再び動き出す。月明かりの下、空を揺らめく彼女の姿はもう幼かったあの頃とは違いとても艶やかで、僕はただ単純に、きれいだ、と思った。こいつ、いつの間にこんなに大人になったんだろう。そしてどうして僕は今更、そんなことに気付くのだろう。 「なんかさ、なつかしいよね。この公園」 「ああ、小さい時よく遊んでたっけ」 「毎日遅くまで遊んでいつもお母さんに怒られてたなぁ」 「でも全然懲りなくて、二人して家に入れてもらえなかったりしたんだよな」 「あたし、このブランコで翼と二人乗りするの、好きだったよ」 「へえ?怖いよ〜もうやだ降ろして〜っていっつも泣いてたくせに」 「うっうるさいなあ!泣いてないよ!」 「はいはい、失礼致しました、っと」 「もう、またそうやってすぐに人のことからかって」 「そりゃどうもすいませんね」 「…でもあたし、そういう翼とのやりとりも、大好きだったよ」 「………」 「寂しかっただけなの。明日からあたしの隣に翼はいないんだって思ったら」 「…………」 「ここは翼と過ごしたあったかい場所だから、この寂しさも消せる気がしてたんだけど」 「でも余計に寂しくなるだけだったね。もうちょっともうちょっと、って残った分、寂しさが募るだけだ。」 ゆっくりとブランコが止まる。悲しげにどこかをじっと見つめる彼女の瞳に、静かに涙が浮かび上がった。ごめん、ごめんね、と掠れた声で呟きながら、彼女は必死に目を擦ったけれど、涙は勢いを増すばかりだった。「」徐々に力が強まる彼女の腕を掴んだ。何にも邪魔をされなくなった涙は、ぽたり、ぽたりと地面に落ちる。「いやだよ…寂しいよ…」彼女の声が、切なく溢れ出す。 「側にいるのが当たり前だったのに、ずっと一緒だったのに」 「公園も学校も家も、翼との思い出がつまった場所は全部ぜんぶそこにあるのに」 「どこにも翼がいなくなっちゃう」 「翼の毎日の中から、あたしがいなくなっちゃうよ…」 気が付いた時にはもう、ぎゅっと彼女を抱きしめていた。どうしてずっとこいつの側にいてやれないんだ。今までずっとそうしてきたのに、どうして未来は変わってしまうんだ。我侭で甘ったれで泣き虫でいつも迷惑かけてばかりの。だけど、彼女の我が侭を聞いてあげるのも、甘やかしてあげるのも、涙を拭ってあげるのも、全部僕にしか出来ない僕の役目で、どんな大きな迷惑だって君のことなら何だって厭わなかった。僕の毎日から君がいなくなるなんて、そんなバカな話があるものか。生まれてからずっと毎日二十四時間、僕の心に住みついて離れなかった君が、今更どう足掻いたっていなくなるはずがない。ていうか、勝手に消えないでよ。君のいない世界なんて、考えただけで吐き気がする。 「俺は、が好きだよ」 「……つば…さ」 「俺の十五年分の思いを距離なんかに壊されちゃたまんないんだけど」 我が侭で甘ったれで泣き虫で、いつも迷惑かけてばかりで、僕なしじゃ何も出来なくて。 だけど絶対憎めなくて、きっとだからこそ放っておけない、君は僕の愛しいひと。 明日が零れ落ちても (きみのためにたとえ世界を失うことがあっても、世界のためにきみを失いたくはない。) |